2008年8月31日日曜日

富澤赤黄男全句集

富澤赤黄男を擁した「薔薇」は終焉、赤黄男は沈黙する。「俳句評論」へ時代は移り赤黄男全句集が刊行される。


「定本・富澤赤黄男句集」昭和40年 定本・富澤赤黄男句集刊行会 1,200円 限定500部

発起人  赤尾兜子 安住敦 阿部青蛙 有馬登良夫 井上草加江 榎島沙丘 大野我羊 永田喜代治 神生彩史 神田秀夫 北垣一柿 楠本憲吉 清水昇子 高屋秋窓 高柳重信 塚本邦雄 鳥海多佳男 内藤吐天 永田耕衣 橋間石 波止影夫 橋本夢道 平畑静塔 三谷昭 水谷砕壷 三橋鷹女 湊楊一郎 山崎青鐘 山下青芝 吉岡実

編集委員 蒲田矩夫 楠本憲吉 佐藤輝明 高柳重信 寺田澄史 鳥海多佳男 中村苑子 湊楊一郎 



「富澤赤黄男全句集」1976年 書肆林檎屋 4,500円 限定500部


定本刊行会発起人、編集委員の全句集を集めた


「赤尾兜子全句集」昭和57年 立風書房 7,000円
  自殺の報には驚いた


「永田耕衣全句集 非佛」昭和48年 冥草舎 2,500円


「三谷 昭全句集」昭和58年 俳句評論社3,800円 限定300部


「三橋鷹女全句集」昭和51年 立風書房 6,800円 限定600部


「中村苑子句集」昭和54年 立風書房 4,800円


忘れられない三橋敏雄の「眞神」は大岡頌司の端渓社の最初の出版。大型で堅牢の箱から引き出すと和紙カバーがあり三方耳付き和紙の手触り。

昭和48年 3,800円 限定200部


「三橋敏雄全句集」昭和57年 立風書房 6,800円

2008年8月12日火曜日

夢幻航海 高柳重信 弔旗 詩歌殿 

「夢幻航海」66号が岩片仁次氏より届く。此処数年時間的精神的余裕なく熟読していなかったが、今はそれ等から解放され隅から隅まで読むと、懐かしい人名やらに出会い、本当に貴重な仕事だと思う。

大宮伯爵に言及されている千秋郁子氏の文から高柳重信の逝去のときのこと、思い出す懐かしい名前が少なからず見つかる。

高柳さん逝去の晩は帰宅が遅くなり家に着くなり家内が夕刊を見せながら「高柳重信がなくなったわよ」と告げた。時刻は遅かったがとにかくお通夜にと願泉寺に車を走らせた。
参列の方々もお帰りになり静かな御霊前をお参りをすると、残っておられた寺田澄史さんにお会いできた。寺田さんから志摩聰氏を紹介される幸運を得たが、高柳さんのお引き合わせかと思う。葬儀委員長は高屋窓秋。


「高屋窓秋全句集」高屋窓秋 昭和51年 ぬ書房 限定500部 3,800円 総構成 高柳重信
 背革装

本文中に櫻井氏と姓だけだが懐かしい名前を見つけた。多分当時のことから推測するに櫻井邦彦と思われる。櫻井さんにはその昔、富澤赤黄男と当時のことを随分教えていただき、飲みに行くなど親しくおつきあいさせていただき句集も賜った。昭和57年に櫻井さんの作品をまとめたコピー本、句抄を5部作って差し上げたこともあった。


「硬い雲」櫻井邦彦 昭和59年 広軌発行所 2,500円

他に高柳重信の「弔旗」と塚本邦雄の「メトード」に言及するものあり、高柳重信の初期の同人誌を引っ張りだし、塚本邦雄関連で一時期塚本の側にいた須永朝彦の「反歌」、早川利康の個人誌も加えてみる。


右「弔旗」第一号 昭和23年 発行者 高柳重信 発行所 弔旗発行所 25円
 執筆者 野原正作 楠本憲吉 渡邉貞治 加藤元重 高柳重信
左「弔旗」第二号 昭和24年 52円
 執筆者 同上


「黒魅ミサ」創刊号 昭和25年 発行者 鳥海多佳男 発行所 黒ミサ発行所 20円
 執筆者 高柳重信 加藤元重 鳥海多佳男 下野博志 櫻井邦彦 三角幸雄 岩片仁次
 西野理郎 村松達雄 安達昇 小林守男


「反歌」No.1 昭和45年 発行者 須永朝彦 250円
 執筆者 塚本邦雄 奥村憲右 山中智恵子 大竹蓉子 服部直子 種村季弘
     中島幹恵 原田禹雄


「感情装飾」VOL.1 NO.1 昭和32年 火焔木社
 執筆者 岩田静穂 早川利康 志摩聰 前田甫水

一時期私設「薔薇図書館」なる架空施設を夢見たことがある。富澤赤黄男、高柳重信らに続く人たちの作品集を網羅的に集めてみようというものだった。その始まりを「太陽系」に見立ててみた。


「詩歌殿」NO.1 昭和23年 編集者 富澤赤黄男 発行者 水谷砕壷 発行所 太陽系社 100円
     執筆者
 評論 西脇順三郎 吉田精一 木俣修 三谷昭 高柳重信
     詩 小野十三郎 大島博光 竹中郁 近藤東 安西冬衛 北園克衛
 衣巻省三 菱山修三
   俳句 飯田蛇笏 石橋辰之助 橋本夢道 大野林火 加藤楸邨
 横山白虹 高屋窓秋 瀧春一 栗林農夫 甲田鐘一路 
 有馬登良夫 安住敦 日野草城 本島高弓 富澤赤黄男 
         水谷砕壷 
         短歌 土岐善麿 筏井嘉一 橋本徳壽 長谷川銀作 坪野哲久 
中野菊夫 松田常憲 近藤芳美 五藤美代子 宮柊二

何となく志摩聰の名前が出てきたので第一句集を古書店で見つけたときの驚きを思い出した。


「奇数」志摩聰 昭和26年 波俳句会 50円 限定200部 

2008年8月7日木曜日

岩片仁次 高橋龍 ブラジル

寺田澄史の句集「席帆境」のあとがきを見ると、製本法は岩片詩集「夢遊び」の方式を踏襲した、とあるので早速見比べてみたところその通りのようだ。


「夢遊び」岩片仁次 平成4年 夢幻航海の会 限定24部 細作 舟蕃舎(寺田澄史)

岩片仁次は個人誌「夢幻航海」を中心に高柳重信の原稿、口述を一つ残らず網羅しつつある気の遠くなるような作業を一人続けている。

「夢幻航海」夢幻航海社 

早川利康の話を聞いていた時に岩片仁次の第一作品集は彼が作ったという話だったので、奥付を確認するとその通りだ。


「拾代句集 過去帖」岩片仁次 昭和32年蝙蝠工房 印刷が早川利康の火焔木社

「夢遊び」と寺田澄史の「席帆境」を見比べながらふと、高橋龍の句集「伯爵領贋志」の装幀が「席帆境」と共通点があるように思えてきた。製本は高橋本は和綴じではあるが雰囲気は確かにある。


「伯爵領贋志」高橋龍 平成壬午年 九有似山洞 限定30部 製作は舟蕃舍(寺田澄史)
左は見返し見開き

高橋龍の個人誌「龍年簒」


個人二誌出たので故大岡頌司の「鵞」を。大岡の第一句集のあとがきを読むと、句集上梓のきっかけは、大岡の筆跡が寺山修司に似ていたからだそうだ。


ブラジルの友人から久しぶりのメール、近況を読むと大病後の健康、仕事の環境、愛情関係となかなか厳しいように受けとれるが、そこはブラジル風に生きて行けそうに感じた。20代でブラジルに移住、奥さんと娘さんとの生活は順調のようだったが、ある時会社を売り帰国。その後は夫婦でチュニジア勤務、帰国後は単身赴任でドミニカ勤務。此処で心筋梗塞で九死に一生を得て帰国。再びブラジルに移住して離婚。ドミニカ人と結婚、離婚。大手術により生死を彷徨う。大変な人生だと感服するが。

そんな訳でブラジル関係を少し


「ブラジルに魅せられて」日下野良武 1994年 毎日新聞社 1,400円

「SENTIR ブラジル--人間そして愛」鈴木一郎 平成7年 青蛙房 1,900円


「放浪記ブラジル」田嶋謙三 1997年 柏プラーノ 1,800円


「ブラジル オン・ザ・ロード」石山和男 1997年 ビレッジセンター出版局2,300円


「ブラジル夢紀行」桑野淳一 2000年 彩流社 1,900円

2008年8月4日月曜日

カブトムシ

庭の茫々として草を抜きながら手入れをしていると、草むらに隠れていたカブトムシが出てきた。数日前に芝生の上にバラバラになったカブトムシの死骸があり、鴉かなにかにやられてしまったとは思っていたのだが、実物を見ると感激した。自分の庭に天然物のカブトムシが生息していることに。どうやら生まれたてで動きが鈍く、大きな葉をかけて天敵から隠してやったが次の日の朝にはもうどこかに飛び去っていた。

絲さげてあるかとるふうを飛ぶ兜蟲 寺田澄史








2008年8月2日土曜日

製本 寺田澄史 早川利康

読みたい作家の作品集が手に入らない時、初出の誌面から手書きで集めて何とか書物の形にしたいと思うときがあった。コピー代金も相当高く、当然ワープロが出現する以前の話だ。
寺田澄史の作品に惹かれてどうしても書物の形にして手元に置きたく作った最初の物。高柳重信選を誌面から拾った。


「重信選 澄史句抄」昭和57年に手書で1部自作 左 表紙 右 見返し

コピー代と活字購入で少し体裁を整えた自作

「句信 冬虫夏艸抄」昭和58年にコピーで3部自作 表紙題字等は活字を手押しで

戦後間もない頃に高柳重信と行動を共にしていた早川利康と知り合い、当時の貴重な話を聞くことができ、また氏の句集を賜ったので、お礼に「蕗子」と同形の作品集を制作して贈呈した。

左 「マヌカン」早川利康 昭和27年 28年再版 火炎木社150円 火炎木社は早川の個人誌  火炎木の発行所
右 「酔ひどれ船」アルチュール・ランボオ 早川利康訳 昭和57年に5部制作し氏に贈呈

本を遊びで作るために、本作り、製本技術書を探しまわり見つけ数冊の物。


「製本術入門」庄司喜蔵 昭和27年 芸術科学社 420円


「手づくりの本」天木佐代子 1979年 美術出版社 1,800円


「手製本を楽しむ」栃折久美子 1984年 大月書店 3,500円

これらの本ではどうにも満足いかなかった。外見を装うということと紙をキッチと綴じることの違いだと思うままで過ごしたが、とうとう念願の寺田澄史先生のもと、数人の中の一人として教わることができた。

先生の肉筆テキスト

先生の懇切丁寧なすべての工程、手に入らない道具の製作など二度とない機会であったが最後の仕上げの工程で転勤となり、誠に残念だった。それでも少なからず練習のために本格製本は続けていた。子供の夏休みの宿題の絵日記帳を手抜きのない総革製本で作ってやった。担任の先生より弟子入りしたいとの申し出があったが、そんな身の程知らずなことはできないと、鄭重にお断りした絵日記帳。


左 総革表紙 平の題字・著者名は赤革を象眼 背の題字・著者名は活字による金箔押し
右 見返しは一枚貼りではなく二枚の貼り合わせ

左 花切れは手編み 花切れを覆うキャップ付き
右 表紙芯紙の調整の良さ